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Walkin', runnin', singin', fightin'
2008/07/06 Sun 00:31
ふむふむ.
夏の夜.悩める青年の声につられて.
ここここで掲げられた2つの議題
  • 承認をどこに求めるのか? 自己実現をはかるための戦略.
  • 肯定感を獲得/維持するには? 上昇志向に対する疑問.
について,私の思うところをだらだらと.不器用に向き合っている人間のいちサンプルとして.脱線だらけになりながら,しばし語ってみましょうか!

自己承認,自己実現,自己肯定感.これらの問題は,そのまんまわたしがサイエンスの道を選んだことに直結している.その理由はいくつかあって,完全完璧自分語りになりますが,興味を持っていただけるのであれば,続きを読んでみてくだされ.



こういった問題を考えるとき,思い出さざるを得ないのは,地元藤沢にてわたしの周りを取り囲んでいた環境,人々.象徴的な出来事は学部生のころのこと.
深夜コンビニのレジに立ってると,彼はビッコを引いて入ってきた.中学時分の同級生である.ズボンは破け,頬からは生々しい血が滲んでいる.話を聞けば,バイクで車と接触したとのこと.副業として当たり屋じみたことをやっていて,有利な状況でぶつかれそうな時は自然に当たりにいっているらしい.楽しげに話しながら,不自然にくっついた指を見せてくれた.示談でもらった慰謝料は妹の小遣いにしていると言っていた.面食らった自分は,なぜか余裕な素振りをみせなくちゃと思って,ウケるじゃん みたいな反応を示しつつ,「病院くらい行っとけよ」と当たり障りのない言葉を掛けた.
同じ中学で同じ授業を受けて,同じゲームやって同じネタで笑ってた.何が違ったんだろう.なんでこんなことになっちゃうんだろう.もう悲しすぎて同窓会に行くことはできないと思った.
こんなことが起きちゃう社会の悲しさの重圧を引き受けられるほど,自分はマッチョになりきれない.ゲーム感覚で出し抜いて,そういう悲しい出来事をエンターテインメントみたく享受するようになるにはナイーブすぎる.自分のことを知ってる方々にはむしろ意外に感じるかもしれないけど,カマトトぶってるわけではなくて.冗談にしたり,怒ったりしなきゃやってけないと思ってる.

この悲しさから目をそらすでなく,押しつぶされずに活路を見いだすにはどうしたらいいんだあと思ったとき,そこにあったのがサイエンス.社会はこんだけ生々しくても,その基盤となってるのは広い意味での物理であって,マクロな視座で眺めれば,悲しさを和らげてくれるんじゃないか.あり得る世の中に潜む美しさに目を向けてれば,「あー,こういう世界もあり得ていいんだ!」って気持ちになれる.その意味で俺にとってサイエンスっていうのは自衛のためのツールでもあるわけ.そこには自分もいないのだし.
そして,そういった悲しさの当事者に今のところならずに済ませてもらった仕組みだとか環境だとか運だとかに対する感謝,後ろめたさ.自分みたいなおかしな人間をまがりなりにも包摂してくれてる,少なくともこれまでは生きながらえることを許してくれてる世の中に対して,自分に何ができるかって考えたときの,恩返し.かっこつけて言えば使命感かもしれない.まだ執行猶予なんだけどね.

そんなサバイバーな人生を送ってる同級生がいる一方で,どうでしょう.かたや大臣の息子の友人がいる.彼にとっては,官僚になって当たり前,最低そんぐらいは世の中に爪痕残すことできなくちゃ,人間であるとはいえないでしょ?お前研究してんだろ?教授にくらいならないと意味ないぜ.そういう世界に生きている.

劣等感を感じることもあれば優越感を感じることもあった.どちらでもないコミュニティもあった.でもどこにいっても,自分が"普通だな"と思えることはなかった.「変わってる」?「天才だ」?「頭悪い」?どの言葉も嬉しくて,でも心地良くは響かない.色んな世界を見ることはエキサイティングであって楽しくて,でも理解できないという不安があった.どうすればこの不安を解消できるのか.自分が"普通だ"と思えるようになりたかった.自分が変なのか周りが変なのか.そもそも普通とか変とかなんてことが無意味なのか.それを知るためには,今でもなくてここでもない事も知らなくちゃ.色んな価値観を.自分の中の"普通"を拡げてそこに周りの人らが含まれるように.自分もその中に入れるように.それには教養が必要だ.もっと世の中のことを知ることができれば,教養をもっと身につけることができれば,受け入れることができるかもしれない.アカデミアに身を置くことがその一助になるだろう.そう考えたのが,ここにいるもう一つの理由.



tkyk氏の掲げた議題に引きつけて,自分なりのアンサーをもう少し素直に語るとすると,

僕は自分も世の中も,"普通だ"と思って過ごせたい.

ここで言ってる"普通だ"っていうのは,"あっていいし悪くないよね"ってことを意味してる.そう思うことができたなら,やっと自分が生きてることが許されたと感じられるし,世の中ってこういうことで捨てたもんではないよねって安心することができるから.

その為に今やってることは,
  • 有り得る世界を作って壊して"自分の中の普通"を拡げていくことがひとつ.
  • 在る世界をさまよって,"普通を感じる社会"を見出すことがひとつ.
  • あまり逸脱し過ぎずに,"当面の普通"に近づいていくことがひとつ.
かな?

俺にとって自己承認ってそういう風に映ってる.金も知名度も名誉も,その"普通"の中にある気持ちいいポイントで,行き過ぎず足らな過ぎず.だって,その3つが独立でなく縮退した業界にいるのだし.

ところが残念ながら,今のところ,今のままでは,そのまんまでは,自己肯定とは対極の地点にいるので,なんらかの意味で頑張らないと,頑張っていると感じられないと.私は腐ってしまうでしょう.後ろ向きに聞こえるかもしれませんが,僕が頑張ら"なくてはいけない"のは許されるため,人になるためであって,目的地は「上」ではないのです.


勝手に業を背負ってしまったそんな私にとって,じゃあ幸せってなんなのさっていうお話になると,もう少し語るべきことがあるにはあるんですが,今日はこの辺でひと休み.またの機会に.
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