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僕が一番欲しかったもの
2006/04/30 Sun 20:38
どこかで聞いたことあるような話題だったので,自戒の為に.
自戒は一人でやってくれ,という言葉はあんま意味をなさないかもしんない.
天気がいいので今日は河川敷から.


jkondoの日記 - はてなに入った技術者の皆さんへ

新しい技術を習得したり、時間を掛けて作り上げた結果は、
何かのアウ
トプットとして出さなければほとんど意味があり
ません。



しょっちゅう痛感するけど,僕には一枚壁があって,ともすれば腰が引
けてしまう.でも忘れちゃいけないと思うのは,新しい技術を習得する,
時間をかけて結果を作り上げる,そのこと自体に,アウトプットを絡め
てしまうという姿勢.

上で言ってる意味でのアウトプット(サービスのリリース)と,僕の意味
でのアウトプット(内部状態の吐露に近い)は厳密には違うとは思う.そ
れはお客なりユーザに対して一定の責任を持つべき製品と,基本的に(少
なくともある段階では)たたき台の提案にすぎない研究との違い.でも自
分の立場に射影する一定の価値がある言葉だと思うから.

よく先輩に言われたことは,
「鏡のつもりでいいから人に話せ,人に見せろ」
この言葉には,説明することで自分の考えなり抱える問題が明確になる
という以上の意味がある.


また、3日間で作り上げた素晴らしい仕組みをそのまま1週間
寝かせてし
まうのは、4日目に他の人が使えるようにしてから
1週間を過ごすことに
比べると随分見劣りしてしまいます。


結局のところ,習得過程/制作過程でアウトプットを伴っているかが,
1週間寝かせるか,翌日に習得技術を使いこなす/制作物をリリースす
るかを決定する.
常に批判にさらされていれば,完成と表現の隔たりを埋めていくことが
できるんじゃあないかなあ.


いつもいつも、自分がここまでかなと思うそのもう一つ先の
アウトプッ
トを出してから次の仕事に取り掛かるように心がけて
ください。他の人
が使えるようにすることと、なるべく早く使える
ようにすることは、自
分が想像しているよりも遥かに多く自分の
仕事の価値を高めてくれます。



これは厳しい言葉ですな.自分がここまでだ,と思うところまでの完成
度の仕事をできている人間がどれだけいるのか.その数少ない人間だけ
が,いい仕事をしてる人と呼べるのか.
1つの仕事の目標設定という見極めの能力も関わるから一概には言えない
けど.
「自分の目指す仕事と,自分の行った仕事とが,直交してさえいなけれ
ば,自分の目標方向の成分はnon-zeroなわけで,そういう仕事を続けて
さえいれば,少なくともブラウン運動しているよりは目標に近づいてい
ると思っていいんじゃないか.」


それぞれの技術者が独自で多様な視点を持ち、闊達な
議論を行う中から
新しい可能性が生まれると信じています。


では,"独自で多様な視点"と"闊達な議論"とどちらが先にあるのか.
自分的には,
闊達な議論を行う中から,それぞれの研究者が独自で多様な視点を持ち,
新しい可能性が生まれると信じたい.


自分の立場を考えたり、他人を気にしたりして、自分が感じたり
考えた
正直な気持ちを発言しないことは、未来の大きな可能性
を失います。遠
慮をせずにぜひ思っている事を外に出して
ください。



自分的には禿同なんだけど...
方法論は考えないと,それはそれで未来の可能性を失うことがあるとい
うことをいくつか学びました.


好きではない仕事を行う事に努力するよりも、まずは自分に
ぴったりの
フィールド、自分の好きな仕事を探す事に力を
使うべきです。この作業
を、できれば20代のうちに完了
させて欲しいと思います。



20代のうちですか...うかうかしてらんないっすね.
例えば少年ジャンプは(最近はビミョーだけど),少年は無限の可能性を
持ってると謳って,高校で文理を決めて,大学に入る時に学部を決めて,
研究室に入る時に分野を決めて...

研究室で行われている活動は,社会全体から見ればごく細分化された,
専門領域と呼びうるほど限定されたもので.
例えば<社会>=[0,1]として,<研究室>=[0.1,0.10001]とかだとして.
だとしてもその領域は有限区間をもっていて,決して点ではない.
確かに最終的には社会に訴えるべきものであったとしても,
属するコミュニティが存在する以上,そのコミュニティのリージョンの,
部分空間を武器にしたいと考える.もちろんそのリージョンを拡張する
ことも許されるけど.
その一方で問題になるのは,今まさに自分が取りかかっている1つの仕事.
それを点だと思ってしまうと,
今まで行ってきた,無限の中からの無限の選択とは質的に異なる選択を
迫られているような,無用の圧迫感に押しつぶされることになる.
自分の仕事に,有限区間の意味づけを与えてやることが,プレゼンテー
ション能力という意味以上に大切であるのはそのためなんじゃないか.
他人の分解能で見れば,点であるかもしれないけど,自分は点であると
思ってしまわないために.
一次元に落とし込んでいるのは簡便のためであるから勘弁.


うーん.今日はここまで.次回も自戒にしようかな.
言及したいことはいくつかあるのですが.
気分が向いたら書いてみよう.
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